大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和53年(行ケ)189号 判決

一 請求の原因一、二の事実は当事者間に争いがない。

二 そこで、原告主張の審決の取消事由の存否について判断する。

1 ある商標について、専用使用権の設定行為が有効に成立するためには、商標権が存在しなければならないことは当然であり、また、専用使用権の設定を受けた者が、その設定行為で定めた範囲内において、指定商品につき当該登録商標を独占排他的に使用する権利を有し、右範囲内において専用使用権を侵害する者又は侵害するおそれのある者に対し、その侵害の停止又は予防を請求することができることは、商標法第三〇条、第三六条の規定により明らかである。しかし、専用使用権者は、商標権者との間の契約により商標権を維持擁護すべき債務を負担する場合のあることはともかくも、専用使用権者であることから法律上当然にこのような義務を負担するものでないことは明らかであり、また、専用使用権者においてする登録商標の使用は、あくまでも設定行為で定められた範囲内に制限されるものであるから、一般に専用使用権者はその商標権を取得したと同一の地位若しくは権限を有するに至るものではなく、商標権者と常に同一の法律上の利害関係を有するものともいえないことは当然である。そして、既に登録された商標が存在する場合において、たとえその商標が、商標法第五〇条による登録取消原因が存する場合であつても、それについて取消審判の審決が確定するまでは、有効なものとして存続し、何人もその登録商標の存在を否定することはできないのであるから、右登録商標が存在することによつて何らかの法的不利益を被り又は被るおそれのある者は、その不利益を救済し又はこれを最少限にとどめる方策として、一方において当該登録商標の商標登録を取消すことについて審判を請求すると共に、他方において、さしあたり右登録商標について商標権者から専用使用権の設定を受けることも十分理由のあることと考えられ、このような方策を講ずることを否定すべき理由はない。このようなことからすれば、商標権について専用使用権の設定を受けることと、当該登録商標の登録取消の審判を請求することは、被告が主張するように相互に矛盾する二律背反的関係にあるものとはいえない。

したがつて専用使用権者が、設定行為によつて、その登録商標の使用及び権利行使につき指定商品、期間、地域、対価その他に関し制限がなく、あたかも商標権それ自体を取得したのと実質的に同一であるとみられる場合(商標法第二四条第一項の規定による商標権の取得と実質的に同一であるとみられる場合を含む。)や、専用使用権者が商標権者に対し商標登録の無効、取消の審判を請求しないこと又は既に提起したこのような審判を取り下げる旨を約したなど特段の事情がない限り、商標権について専用使用権の設定を受けたからといつて、当該登録商標の登録取消の審判を請求する法的利益を失うものではないと解すべきである。

2 そこで進んで、本件において右にいう法的な不利益の存在と特段の事情の有無について検討する。

原告及び株式会社ベルエアー(これが原告と加工食料品について取引関係にある会社であることは、後記甲第六号証により認められる。)がかねて加工食料品について原告が請求の原因三の項において主張するとおりの各商標を使用していたこと、被告が株式会社ベルエアーに対し原告が請求の原因三の項において主張するとおり右各商標の使用が本件商標権に抵触する旨の内容証明郵便を送付したこと、原告がその主張のとおりの各商標につき登録出願をしていることは、当事者間に争いがなく、これらの事実に、次段の認定事実及び争いのない事実を併せ考えれば、原告は本件登録商標について登録が存在することによつて、法的不利益を被つており又は被るおそれがあることは明らかである。

成立に争いのない甲第五号証、第六号証及び乙第一号証によると、原告と被告との間にされた本件商標についての専用使用権設定契約においては、原告が被告に対し、使用許諾の対価として年額一〇万円を支払う義務を負担していることが認められ、また、本件専用使用権は、本件商標の指定商品のうち「クロレラを主原料とする加工食料品」について設定されたものであり、その使用期間は昭和五二年一二月二八日より三年間と定められていること(もつとも前掲甲第五号証によると、いずれか一方からの申出がない限り同一の条件のもとに更に一年間延長される。)は、前一の項のとおり当事者間に争いがない。これらの事実からすれば、専用使用権者たる原告が、商標権者と実質的に同一の地位もしくは権限を取得するに至つたものといえないことは明らかである。

また、本件全証拠を検討しても、原告と被告との間に、原告において、本件審判事件を取り下げる旨の合意がされたことを認むべき証拠はないのみならず、かえつて、前掲甲第六号証によれば、専用権設定契約締結に至る過程で、その交渉の衝に当つていた被告側代理人岸田正行から原告側代理人八鍬昇に対し、特許庁で審理中の本件審判事件の取り下げの要求がされたが、同原告側代理人はこれを拒絶し、右取り下げについては、結局合意に至らなかつたことが認められる。

そうすると、原告において、本件商標について商標登録の取り消しを求める審判請求の利益を失つたとみるべき特段の事情もうかがえない。

三 以上のとおりであつて、本件審判の請求が請求の利益を有しない者によつてされた不適法なものであるとしてこれを却下した審決は違法である。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!